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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)273号 判決 1990年7月30日

東京都目黒区目黒一丁目四番一号

原告

パイオニア株式会社

右代表者代表取締役

松本誠也

右訴訟代理人弁理士

瀧野秀雄

有坂悍

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 植松敏

右指定代理人

安部辰雄

後藤晴男

今井健

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  原告

1  特許庁が、同庁昭和六二年審判第一一二四二号事件について、昭和六三年九月二九日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「CATVシステムにおけるスクランブル方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和五四年三月二四日特許出願をしたところ、昭和六二年四月九日に拒絶査定を受けたので、同年六月二五日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、右請求を同庁同年審判第一一二四二号事件として審理した上、昭和六三年九月二九日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年一一月二日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

一つのセンターと多数の端末装置とをケーブルで結び、センターから各端末装置に有線でテレビ番組を伝送するCATVシステムにおけるスクランブル方法であって、センター側に複数のスクランブル回路を設けると共に、各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のデイスクランブル回路を設けておき、センター側では、一定時間毎に複数のスクランブル回路のうちの一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルし、かつその識別をするためのキー信号を前記テレビ信号に重畳して各端末装置に伝送し、各端末装置側では、センター側で使用しているスクランブル回路に対応するデイスクランブル回路を前記端末装置の受信回路を介し検出された前記キー信号によって対応するデイスクランブル回路に切換えて、スクランブルしてあるテレビ信号をデイスクランブルするようにしたことを特徴とするCATVシステムにおけるスクランブル方法。

三  本件審決の理由の要点

1  出願の日は一項のとおり、本願発明の要旨は二項のとおりである。

2  これに対して、査定手続における拒絶理由に引用された特開昭五〇-七三五一八号公開特許公報(以下「引用例」という。)には、スクランブルされたテレビ信号とともに、符号化された制御信号と許可された受像機の確認子を解読し、受信した確認子を受像機に関連した確認子と比較し、比較結果が整合すれば、制御信号に含まれるスクランブル解除様式に従ってテレビ信号を自動的にスクランブル解除する方法が示されており、さらに、スクランブルおよびスクランブル解除様式を自動的にかつ絶えず変更しうる旨が記載され、受信側のスクランブル解除装置は、送信側のスクランブル手段と機能的に相補である旨が記載されている。

3  そこで、本願発明と引用例に示された技術内容とを対比して検討すると、両者は、送信側より、複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択してテレビ信号をスクランブルして伝送すると共にそのスクランブルを解除するのに必要な信号を伝送し、受信側において、解除用信号に従ってスクランブルされたテレビ信号をスクランブル解除する点で基本的な技術思想が共通しているが、審判請求人(原告)が、その審判請求書において主張しているように、前記引用例には、

<一> 送信側に複数のスクランブル回路を設けると共に各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のデイスクランブル回路を設けること、

<二> 送信側では、一定時間ごとに複数のスクランブル回路の一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルして各端末装置に伝送すること、

が明示されていをいという点で一応の相違が認められる。

4  しがし、前証引用例のスクランブル方法においても、本願発明と同様に複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択しうるものであるから、前記相違点<一>については作用効果上格別の差異はなく、前記引用例に記載されたものに対する構成の個別的改変の域を出ないものと認められる。

また、前記引用例には、スクランブル様式を自動的に変更し得る旨が記載されているから、この変更を一定時間ごとに行う程度の前記相違点<二>は、その変更の時期を単に規定したものに過ぎず、格別の技術的意義があるものとは認められない。

5  したがって、本願発明は、引用例に示された技術内容に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものと認める。

四  本件審決を取り消すべき理由

本件審決は、本願発明における「複数種類のスクランブル方法」と引用例記載の技術における「複数種類のスクランブル様式」の技術思想が異なることを看過誤認し、双方の一致点でないことを一致点と誤認した結果、本願発明は、引用例に示された技術内容に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと誤った判断をしたものであるから、取り消されなくてはならない。

1  本件審決は、本願発明と引用例に示された技術内容とを対比して検討すると、両者は、送信側より、複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択してテレビ信号をスクランブルして伝送すると共にそのスクランブルを解除するのに必要な信号を伝送し、受信側において、解除用信号に従ってスクランブルされたテレビ信号をスクランブル解除する点で基本的な技術思想が共通している旨認定している。

しかし、2以下に主張するとおり、本願発明における「複数のスクランブル回路」に採用される「複数のスクランブル方法」とは、互いにスクランブル変調形式を異にするもの、即ち、複数種類のスクランブルモードを意味するものであるのに対し、引用例記載の技術の「複数種類のスクランブル様式」とは、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転する単一のスクランブルモードにおいて、水平走査線を反転するパターン様式を種々に変えるように、単一のスクランブルモードにおいて画像のパターンを複数種類に変える様式を意味するものであり、両者は明らかに技術思想を異にするものであり、また、両者は、その作用効果においても顕著に相違するものである。

したがって、本件審決が、前記のように認定したのは、本願発明と引用例記載の技術の、技術思想の差異を看過誤認したもので、明らかに誤りである。

2  本願発明のスクランブル方法は、それぞれ相違するスクランブルモードのスクランブル回路を複数設け、これら複数のスクランブル回路を切り換えることにより、スクランブルモードを変えることを特徴とするものである。

各モードのスクランブル方法として、本願発明の明細書には次のスクランブル方法が例示されている。

<1> 負変調方式で変調されたテレビ信号を正変調方式に変換する第一のスクランブル方法(以下「スクランブル方法<1>」という。)

<2> テレビ信号の同期信号を検出してその同期信号に同期した正弦波変調信号を形成し、この正弦波変調信号でテレビ信号をAM変調する第二のスクランブル方法(以下「スクランブル方法<2>」という。)

<3> テレビ信号の同期信号と同期した正弦波を得、さらにこの正弦波をそのn分周波でFM変調して変調波を形成し、この変調波でテレビ信号をAM変調する第三のスクランブル方法(以下「スクランブル方法<3>」という。)

<4> 各スクランブル回路のスクランブル方法は同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させるスクランブル方法(以下「スクランブル方法<4>」という。)

3  右のスクランブル方法<4>は、各スクランブル回路32ないし34のスクランブル方法は同一にしておき、即ち、スクランブル回路32はスクランブル方法<1>に、スクランブル回路33はスクランブル方法<2>に、スクランブル回路34はスクランブル方法<3>と、それぞれ同一にしておき、各スクランブル回路32ないし34に対してスクランブルの変調を加える程度、即ち、変調度をそれぞれ相違させるスクランブル方法であり、スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>の一つの実施態様に含まれるものである。

スクランブル方法<4>における変調信号の変調度の変化方法には、変調度を周期的に変える方法、ランダムに変える方法等種々の態様があるので、変調信号の変調度を変える場合には、その態様に対応した複数の変調回路を必要とする。

4  本願明細書の発明の詳細な説明の欄における本願発明の課題、目的、課題の解決手段及び効果並びに本願図面の各記載を参酌すれば、本願発明は、それぞれ相違するスクランブルモードのスクランブル回路を複数設け、この複数のスクランブル回路を切り換えることによりスクランブルモードを変えるとを課題解決のための基本的な技術思想とするものであることが明らかである。

また、本願発明の特許請求の範囲には、「センター側では、一定時間毎に複数のスクランブル回路のうちの一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルし、かつその識別をするためのキー信号を前記テレビ信号に重畳して各端末装置に伝送し、各端末装置側では、センター側で使用しているスクランブル回路に対応するデイスクランブル回路を前記端末装置の受信回路を介し検出された前記キー信号によって対応するデイスクランブル回路に切換えて、スクランブルしてあるテレビ信号をデイスクランブルするようにした」と記載されているように、このキー信号は、複数のスクランブル回路及びそれに対応するディスクランブル回路を識別するためのものである。もし、複数のスクランブル回路のスクランブルモードが全て同じであり、それに伴って対応する複数のディスクランブル回路のディスクランブルモードも全て同じであるとするならば、このような各スクランブル回路及びディスクランブル回路を識別するためのキー信号を設ける意味がないから、前記キー信号が設けられていることは、本願発明の複数のスクランブル回路がそのスクランブルモードをそれぞれ異にすることを当然の前提としているものと解することができる。

5  本願発明のスクランブル方法は、複数のスクランブルモードを一定時間毎に選択的に切り換えることにより、スクランブル効果を増大させ、CATVシステムにおける盗視を確実に防止できる効果を奏するものである。

6  これに対し、引用例には、「複数種類のスクランブル様式」について、実施例として次の<一>ないし<三>のスクランブル様式を挙げ、その説明がされている。

<一> 三つの交代的な実施例の一つでは、スクランブル又はスクランブル解除様式が、送信され又は受信される水平走査線を計数するために使われる計数器内の複数個のデイジットの選択に関係する。この時、選択されたデイジットが特定の状態にある時だけスクランブル又はスクランブル解除のため、ビデオ信号が反転される。(甲第五号証八一頁左下欄一八行から同頁右下欄五行まで)

<二> 三つの交代的な実施例の内の別の実施例では、ビデオ情報の各々の水平走査線が、その走査線が反転されているか否かを表す符号化信号と共に伝送される。スクランブル解除装置がこの信号を解読し、それに応じてビデオ信号のスクランブル解除をする。(甲第五号証八一頁右下欄六行から一一行まで)

<三> 第三の交代的な実施例では、スクランブルされ又はスクランブル解除される特定の走査線を反転するかしないかの決定が、レジスタの内容から導き出され、このレジスタ自体は、前の走査線が伝送され又は受信されている間に、それ自体予定の模様でスクランブルされる。レジスタに相異なる出発模様を貯蔵することにより、相異なるスクランブル様式を設定することができる。(甲第五号証八一頁右下欄一二行から一九行まで)

7  右6の説明から明らかなように、引用例に示された技術におけるスクランブル方法は、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転することによりビデオ信号をスクランブルする様式のみであり、単一のスクランブルモードのものである。

そして、引用例に示された技術における複数種類のスクランブル様式とは、例えば、右6のとおり実施例として示された、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転する単一のスクランブルモードにおいて、水平走査線を反転するパターン様式を種々に変えるもののように、単一のスクランブルモードにおいて画像のパターンを複数種類に変える様式を意味するものであり、一対のスクランブル回路及びディスクランブル回路によって実現できるものである。

即ち、引用例に示された技術は、本願発明の明細書に述べられている、従来のスクランブル方法のカテゴリに入るものである。

8  なお、被告は、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合をも含むものと解すべきであると主張する。

しかし、被告の右主張は、本件審決においては何らの認定も判断もされていない事項であるから、審決取消訴訟である本件においては、主張することは許されないものである。

即ち、前記三(本件審決の理由の要点)3中の「審判請求人(原告)が、その審判請求書において主張しているように、」との記載及び同4中の「本願の発明と同様に」との記載並びに甲第九号証(昭和六二年七月二一日付審判請求理由補充書)の内容を詳細に補充説明した甲第七号証(昭和六三年五月一二日付審判請求理由補充書)からも明らかな      審決は、本願発明における複数のスクランブル回路は、原告(審判請求人)の主張するように、それぞれ異なるスクランブルモードのものであることを認めた上で、本願発明と引用例に記載の技術の間には、前記三3の<一>及び<二>の点が明示されていない点で一応相違すると認定し、この認定の上に立って、右各相違点に基づく本願発明の進歩性について判断したものである。

本件審決の内容を検討しても、本願発明における複数のスクランブル回路がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものと解すべきである旨及び本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものであるから、引用例記載の技術から容易に推考をすることができたものである旨の認定判断はされていない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認め、同四中後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二1  請求の原因四1冒頭記載のとおり本件審決が認定していること、同2中、本願発明の明細書にはスクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<4>が例示されていることは認める。

同2中、本願発明のスクランブル方法は、それぞれ相違するスクランブルモードのスクランブル回路を複数設け、これら複数のスクランブル回路を切り換えることにより、スクランブルモードを変えることを特徴とするものであることは否認する。本願発明のスクランブル方法は、それぞれ相違するスクランブルの仕方のスクランブル回路を複数設け、これら複数のスクランブル回路を切り換えることにより、スクランブルの仕方を変えることを特徴とするものである。

右のスクランブルの仕方を変えるとは、スクランブルモード即ちスクランブル変調形式を変えることのみならず、同一のスクランブルモードで変調の程度を変えることをも含む趣旨である。

2  本願発明の特許請求の範囲には、「センター側に複数のスクランブル回路を設けると共に、各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のデイスクランブル回路を設けておき、」と上位の概念で記載されており、原告主張のように、スクランブル変調形式を異ならせたものであるという点については何も限定されていないから、原告の主張は、特許請求の範囲の記載から逸脱した議論である。

3  請求の原因四2に記載のスクランブル方法<4>は、単一のスクランブルモードのみを使用し、スクランブルの変調を加える程度を相違させるものであることが明らかである。

即ち、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すれば、本願明細書の特許請求の範囲の欄に記載された「一定時間毎に複数のスクランブル回路のうちの一つを選択使用して」とは、請求の原因四2記載のスクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>のうちの一つを一定時間毎に切り換えて使用するということの他に、スクランブル方法<4>のとおり、スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>のうちの一つだけを連続して使用し、一定時間毎にスクランブルの変調を加える程度を相違させるという方法をも含んでいるものである。したがって、本願発明における「複数のスクランブル回路」とは、原告主張のような、スクランブル変調形式が異なる複数種類のものに限ることなく、スクランブル変調形式が同じものをも含むことは明らかである。

4  本願発明における複数のスクランブル回路は、それぞれ種類が異なるモードで動作するものであるとは限らず、右スクランブル方法<4>のとおり、各スクランブル回路のモードを同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させる方法まで含むものであるところ、そのように、変調を加える程度が相違した同じモードで動作する複数のスクランブル回路を設け、これら複数のスクランブル回路のうちから一つの回路を選択する代わりに、引用例に記載の発明のように、単一のモードで動作するスクランブル回路を用いて、スクランブルの変調を加える程度を変える動作を行わせても作用効果上格別の差異はない。

三1  請求の原因四6及び同7中、引用例に示された技術におけるスクランブル方法は、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転することによりビデオ信号をスクランブルする様式のみであり、単一のスクランブルモードのものであることは認める。

なお、請求の原因四7中引用例に示された技術における複数種類のスクランブル様式とは、例えば、請求の原因四6のとおり実施例として示された、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転する単一のスクランブルモードにおいて、水平走査線を反転するパターン様式を種々に変えるもののように、単一のスクランブルモードにおいて画像のパターンを複数種類に変える様式を意味するものであり、一対のスクランブル回路及びディスクランブル回路によって実現できるものであるとの主張は、引用例に記載された実施例についての主張としては認めるが、引用例記載の発明全体としては否認する。

2  原告は、引用例に記載の発明における複数種類のスクランブル様式は、単一スクランブルモードにおいて画像のパターン様式を複数種類に変える様式を意味するものである旨主張するが、引用例には、原告主張のような複数種類のパターン様式に限る旨の記載は見当たらないばかりではなく、「第2図はこの発明の現在好ましいと考えられる実施例で使われたスクランブル解除装置17がブロック図で示されている。しかし、信号のスクランブル及びスクランブル解除を伴う方式では、スクランブル解除に使われる方法は、機能的にはスクランブルの際に使われる方法に対して相補的なものであることを了解されたい。」(甲第五号証五枚目左上欄八行から一五行まで)と記載されているように、甲第五号証で例示した実施例のほかに、信号のスクランブル及びスクランブル解除方式がある旨が示唆されているから、甲第五号証を原告主張のように解釈するのは失当である。

3  また、仮に、原告主張のとおり、引用例に記載の発明における複数種類のスクランブル様式とは、単一スクランブルモードにおいて画像のパターン様式を複数種類に変える様式を意味するものであるとしても、本願発明に含まれる請求の原因四2記載の「スクランブル方法を同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度を相違させる方法(スクランブル方法<4>)」は、まさに、引用例記載のものに該当する。

即ち、引用例に記載のスクランブルされた信号と共に伝送される符号化された制御信号を受信局で受信し、この制御信号によって決定されるスクランブル解除様式に従ってスクランブルを解除する方法における、「制御信号」は本願発明のスクランブル方法<4>でいう、「スクランブルの変調を加える程度を表した信号」に該当する。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)、同三(本件審決の理由の要点)は、当事者間において争いがない。

二  原告主張の取消事由について検討する。

1  本願発明の目的、構成、効果について。

成立について当事者間に争いのない甲第二号証(昭五五-一二七七七号公開特許公報)、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第三号証(昭和六二年一月六日付手続補正書写)、甲第四号証(昭和六二年七月二一日付手続補正書写)によれば、甲第二号証中の明細書に甲第三号証及び甲第四号証により補正をした後の明細書(以下「本願明細書」という。)には本願発明の目的、構成、効果について次の趣旨の記載があることが認められる。

<一>  本願発明は、CATVシステムに関し、不正な手段で放送番組を受信することを防止するCATVシステムにおけるスクランブル方法に関する(甲第二号証一頁左下欄一九行から右下欄一行まで)。

<二>  従来から不正な盗視を防ぐための各種の構成が案出されており、例えば水平同期信号を除去する方法、垂直同期信号を除去する方法、同期信号を変調信号で振幅変調する方法などが知られている。そして従来のCATVシステムではこれらのスクランブル方法のうち一つを単独に採用しており、一度このスクランブル方法の内容が知られ、盗視可能な手段が見つけられると以後は継続して盗視され続ける欠点を有していた(甲第二号証一頁右下欄九行から一七行まで)。

本願発明は、前記の点に鑑み、複数のスクランブル回路を用意しておき、一定時間毎に、あるいは必要とする時期にスクランブル回路の一つを選択して使用し、盗視者が一つのスクランブル方法に対して盗視可能な解決手段を発見したとしても長期的には盗視することができないようにすることができるCATVシステムにおけるスクランブル方法を提供することを目的とするものである(甲第二号証一頁右下欄一八行から二頁左上欄五行まで)。

<三>  請求の原因二(本願発明の要旨)のとおりの構成。

<四>  本願発明の一実施例の、センター内の変調送信部のスクランブル切換回路は第一、第二、第三の例えば三つのスクランブル回路に並列に接続してある。このスクランブル回路は、それぞれ相違した方法でスクランブルする機能を有する(甲第二号証三頁右上欄六行から一五行まで)。

右実施例では第一ないし第三のスクランブル回路のスクランブル方法をそれぞれ違う方法で構成してあるが、各スクランブル回路のスクランブル方法は同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させる構成でも良い(甲第二号証四頁左下欄九行から一四行まで)。

<五>  本願発明は右のように構成したことにより、次のような効果を奏する。即ち、常時同一のスクランブル回路を使用せず、その状況に合わせて切り換えて使用するため、万一スクランブルの内容が解読されることがあっても、長期にわたり連続して盗視されることがない。更に、このように複数のスクランブル方法を切り換えて採用するので、各スクランブル方法として比較的簡易な方法をとったとしても、盗視の恐れがない(甲第二号証四頁左下欄一七行から右下欄五行まで)。

2  原告は、本件審決が、本願発明と引用例記載の技術の、技術思想の差異を看過誤認したものであると主張し、その前提として、本願発明における「複数のスクランブル回路」に採用される「複数のスクランブル方法」とは、スクランブル変調形式を異ならせるように、互いにスクランブルモードを異にするもの、即ち、複数種類のスクランブルモードを意味するものであると主張するので、この点について検討する。

<一>  前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、「センター側では、一定時間毎に複数のスクランブル回路のうちの一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルし、かつその識別をするためのキー信号を前記テレビ信号に重畳して各端末装置に伝送し、各端末装置側では、センター側で使用しているスクランブル回路に対応するデイスクランブル回路を前記端末装置の受信回路を介し検出された前記キー信号によって対応するデイスクランブル回路に切換えて、スクランブルしてあるテレビ信号をデイスクランブルするようにしたことを特徴とする」ものであるところ、本願発明が前記1(二)認定の目的を有し、前記1(五)認定の効果を奏するものであることからすれば、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が同一ではないことは明らかである。

しかし、前記甲第二号証ないし甲第四号証によれば、本願明細書には、右以上に、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを異にするもの、即ち、前記1(四)にいうそれぞれ相違した方法でスクランブルする機能を有するものに限定されるものであることを認めるに足りる記載がないことが認められる。

<二>  本願明細書には、請求の原因四2記載のスクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<4>が例示されていることは当事者間に争いがない。

それらのスクランブル方法のうちスクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>が、前記1(四)の前段記載の本願発明の実施例において、例示された三つのスクランブル回路が有する、それぞれ相違した方法であることは明らかである。

しかし、スクランブル方法<4>は、前記1(四)の後段においてこのような構成でもよいとされたもので、「各スクランブル回路のスクランブル方法は同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させるスクランブル方法」、即ち、複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを同一にし、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させたものである。

したがって、本願明細書には、本願発明の複数のスクランブル回路のそれぞれが採用しているスクランブルの仕方が、スクランブルモードを異にするものに限定されるものではなく、スクランブルモードは同一で、そのスクランブルの変調を加える程度を相違させたものをも含むものであり、そのようなものとして前記1(五)記載の効果を奏するものであることが記載されているものである。

<三>  原告は、「スクランブル方法<4>は、各スクランブル回路32ないし34のスクランブル方法は同一にしておき、即ち、スクランブル回路32はスクランブル方法<1>に、スクランブル回路33はスクランブル方法<2>に、スクランブル回路34はスクランブル方法<3>と、それぞれ同一にしておき、各スクランブル回路32ないし34に対してスクランブルの変調を加える程度、即ち、変調度をそれぞれ相違させるスクランブル方法であり、スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>の一つの実施態様に含まれるものである。」旨主張するが、本願明細書中のスクランブル方法<4>についての説明である前記1(四)後段の「右実施例では第一ないし第三のスクランブル回路のスクランブル方法をそれぞれ違う方法で構成してあるが、各スクランブル回路のスクランブル方法は同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させる構成でも良い。」旨の記載に照らせば、スクランブル方法<4>の趣旨は、右(二)に認定のとおりであることが認められ、原告の主張は採用できない。

また、原告は、本願発明の特許請求の範囲にキー信号を設けることが記載されていることは、本願発明の複数のスクランブル回路が、スクランブルモードをそれぞれ異にすることを当然の前提にしているものである旨主張する。

しかし、このキー信号が、選択使用されている「複数のスクランブル回路」のうちの一つ及び「それに対応するディスクランブル回路」を識別するためのものであることは、特許請求の範囲の記載から明らかであるのみならず、原告が自ら認めるところであって、キー信号が設けられていることが、各スクランブル回路及び各ディスクランブル回路がそれぞれ異なるスクランブルモードを採用していることを前提にするものとはいえず、原告の主張は認められない。

その他本願明細書及び本願図面には、本願発明における「複数のスクランブル回路」に採用される「複数のスクランブル方法」が複数種類のスクランブルモードを意味することを認めるに足りる記載はない。

<四>  したがって、本願発明における「複数のスクランブル回路」に採用される「複数のスクランブル方法」とは、スクランブル変調形式を異ならせるように、互いにスクランブルモードを異にするもの、即ち、複数種類のスクランブルモードを意味するものであるとの原告の主張は認められない。

3  原告は請求の原因四8のとおり、本件審決は、本願発明における複数のスクランブル回路は、原告の主張するように、それぞれ異なるスクランブルモードのものであることを認めた上で、本願発明と引用例に記載の技術の間には、請求の原因三3の(一)及び(二)の点が明示されていない点で一応相違すると認定し、この認定の上に立って、右各相違点に基づく本願発明の進歩性について判断したもので、本願発明の複数のスクランブル回路は、各スクランブル回路がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合をも含むとの被告の主張は、本件審決においては何らの認定も判断もされていない事項であるから、審決取消訴訟である本件においては、主張することは許されない旨主張する。

しかし、成立について当事者間に争いのない甲第一号証、甲第七号証、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第八号証、甲第九号証によれば、本件審決が、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3中のように、「審判請求人(原告)が、その審判請求書において主張しているように、前記引用例には、(一) 送信側に複数のスクランブル回路を設けると共に各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のデイスクランブル回路を設けること、(二) 送信側では、一定時間ごとに複数のスクランブル回路の一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルして各端末装置に伝送すること、が明示されていないという点で一応の相違が認められる。」と判断したのは、昭和六二年七月二一日付審判請求理由補充書(甲第九号証)五頁末行から六頁九行までの、「本願発明の特徴とする構成要件の、a センター側に複数のスクランブル回路を設けると共に各端末装置側に前記スクランブル回路の各々に対応する複数のディスクランブル回路を設けること、b センター側では、一定時間毎に複数のスクランブル回路の一つを選択使用してテレビ信号をスクランブルしかつキー信号を重畳して各端末装置に伝送すること、についての開示は引用例にはありません。」との記載に対応したもので、前記(一)、(二)の点で相違があるということが、原告主張のとおりであると判断しているに過ぎず、本願発明における複数のスクランブル回路が、それぞれ異なるスクランブル変調形式を備えるものである旨の原告の主張を認めたものではないことが認められる。

また、審判に当たっては、前記スクランブル方法<4>が明記された本願明細書の記載が検討されていることは明らかであり、前記甲第七号証によれば、昭和六三年五月一二日付審判請求理由補充書(甲第七号証)には、本願発明の「複数のスクランブル回路」及びそれに対応する「デイスクランブル回路」の具体的説明として、前記スクランブル方法<1>ないしスクランブル方法<3>のみでなくスクランブル方法<4>についても説明されていることが認められるから、本件審決が、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3における一致点の認定において、「複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択して」と認定し、同4中のように、「前記引用例のスクランブル方法においても、本願の発明と同様に複数種類のスクランブル様式のうちの一つを選択しうるものであるから」と判断したのは、本願発明は、「複数のスクランブル回路」がそれぞれ異なるスクランブルモードである場合の他、各スクランブル回路が同一スクランブルモードである場合も含むものと解すべきであると認定したものと認められ、本件審決中にこれに反する記載はない。

よって、原告の主張は認められない。

4  請求の原因四6及び同7中、引用例に示された技術におけるスクランブル方法は、テレビジョン画像を構成する若干の水平走査線を反転することによりビデオ信号をスクランブルする様式のみであり、単一のスクランブルモードのものであることは当事者間に争いがない。

そして、引用例に示された技術における複数種類のスクランブル様式とは、単一のスクランブルモードにおいて画像のパターンを複数種類に変える様式を意味するものであることは、引用例に示された実施例の記載としての限度では当事者間に争いがない。

この引用例に示された技術における複数種類のスクランブル様式は前記本願発明の実施例の一つであるスクランブル方法<4>のスクランブルモードは同一にしておき、スクランブルの変調を加える程度をそれぞれ相違させるものに相当することは明らかであり、両者の作用効果に差異があるものとは認められない。

5  そうすると、本願発明における「複数のスクランブル回路」に採用される「複数のスクランブル方法」と引用例記載の技術の「複数種類のスクランブル様式」とは、明らかに技術思想を異にするもので、両者はその作用効果においても顕著に相違するとの原告の主張は認められない。

三  よって、その主張の点に判断を誤った違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

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